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ピラール聖母教会


先週、スペインにあるサラゴサという都市へ行った。 お目当てのピラール聖母教会は中では撮影禁止だった為、外から何枚か撮影。 上の写真はその一枚。 手持ちで撮影。

サラゴサは寒く、お陰で風邪を引いてしまった。
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お久しブリーフ

ここ数ヶ月、体調不良&多忙によりブログの更新が出来んやった。 しかし、その間に旅行も出来て自分的には大変充実した期間だった。



これは旅先で撮ったものだが、埠頭に群れた遠い昔を思い出す写真だ……。
兎にも角にも、最近は色んな事が一度に起きて心身共にヘトヘト。

慣れない事をするもんじゃない……か。



愛犬日記を書いているブロガーさんは、可愛らしい写真に噴出しや文字を入れている。 実際に犬達がそう喋っているかのように、これまた上手に入れている。

自分も少し憧れていたのでやってみた所、まずセリフを付けられるような動きのある写真が無い。 探してみたが、本当に無い(あっても尻しか写っていなかったり)。

で、何とか写真を選んで完成したのがこの写真。
そう、自分にはセンスが無いのだ。 致命的なほどに。
もう二度とこんな事しないよホント。

文化の違い


日本人女性のイメージは、「内気で何も断われない」だとか、「言いたい事を言わず陰口を叩く」だとか、「ブランド物を好む」だとか、「好き嫌いが多くて小食」だとか……相変わらずメディアを通した偏見が多い。

でも、確かに食の好みに関しては誤解を受けて当然かと思う。 多くの日本人が「西洋人は不健康な食生活をしている」と思い込んでいるように、一部の情報しか周りに無いから。 観光でスペインを訪れた日本人が、全く食文化の異なる土地の食べ物を口にしても、その瞬間から馴染めるわけではないし。 何回か食するうちに、苦手だったはずの食べ物を好きになったりするもの。
それに、こっちの料理は一品の量が多かったりする。 豆の煮物がスープ皿に並々と入っていたり、巨大なソーセージが2・3本皿に乗っていたり。 一度の食事で少しずつ多くの味を楽しむ日本食とは根本的に違う部分がある。

「味噌汁って何で出来てるの?腐った豆と魚と塩?日本人はそんな物を毎日飲んでるの?正気?先進国とは思えない(笑)。」
「どうして日本食は醤油の味ばかりなの?醤油なんかつけなくても十分美味しいじゃない。」
「日本食は身体に良いと聞いてたけど、とてもそうは思えない。」
「日本人はフレッシュな野菜は食べないの?」


言われて気付く。 当たり前が当たり前じゃない文化。
やはり、互いの文化に歩み寄らなければ理解できない事がある。 現地の文化を鼻で笑って一瞥くれるだけでは、いつまで経ってもその土地には馴染めない。 他国の文化を否定するという事は、すなわち、その国の歴史や民俗性をも否定する事になり兼ねないのだから。 無理に飛び込んだり受け入れたりする必要も無いが、決して馬鹿にしてはいけない。 自国の文化も、他国の文化も。
ちなみに、自国の文化をおどけて馬鹿にするような話は嫌われる。 「日本は○○で○○なんだぜ?馬鹿だろ?HAHAHA!」なんて言えば、「この人は自分の国を馬鹿にして何が言いたいんだ?全然面白くもないし人間性を疑うわ。不道徳な人間なんだろうな……」と思われるかも知れない。 思われるだけでなく、マジで反論されるかも知れない。 「貴様は馬鹿か?」と。

なぜあなたの国ではそうなのか?
なぜ自分の国ではそうなのか?
話してみれば意外な共通点があったり、笑ってしまうほど正反対な根拠があったり、視野が広くなる事は間違い無い。 何も話さず「嫌い」「無理」と拒絶し合う事では何も広がらない。 通訳を通してでも、話し合う価値は十分にあると思う。

……と、またしても写真に無関係なお話でした。

今では大問題


モンスターペアレンツなんて言葉を度々見掛けるが、「本当にそんな人間がいるのか?」と疑ってしまうほど非常識なエピソードが多々ある。 教師が1人の生徒を名指しで説教しただけで問題になったり、廊下に出ていろと授業を受けさせなかった事で親が出てきたり、本当にこれが学校に寄せられる声なのかと感じる。

自分は80年代の生まれなので、生徒としてはこういった問題に無縁だった(悪い事をして叱られるのは当たり前の事、と思っていたから)。 当時から変な保護者はいたけれど、そういう人に対しては(教師や他の保護者含め)、大人は誰も相手にしていなかったように記憶している。


小学生の頃、担任の女教師には何かと叱られていた。 この教師とは特に折り合いが悪く、事ある毎に言い争いをしていた。 それもそのはず、自分は生徒を「アンタ」「オマエ」「クソ」「ゴミ」呼ばわりするこの教師に対して子供ながらに異常性を認識し、大袈裟なほどに反発していた。 こんな大人が教師である事に甚だ疑問を感じていた。

「アンタは大人になる前に死んだ方がいい」
「しんちゃん(身体障害者の事)みたい」
「オマエは不潔だから隣の人と机を離せ」
「全校集会で素っ裸にするぞ」
「何も出来ないクソが一人前に飯を食うな」
「オマエの家族は部落民だろ」
「私の教え子は卒業後に死ぬ事が多い」


差別も、暴言も、暴力も、教師なら許されるのか? これが指導者の特権なのか?
この教師の口振りを真似たイジメも頻発した。 自分がその対象になる事もあれば、他の生徒がその対象にされる事もあった。 きっかけはいつでも、この教師だった。 教師が悪とするもの(者)は絶対的な悪であり、悪に対しては差別も暴言も正義の鉄槌とみなされる図式がそこにはあった。

クラス中が団結して悪を叩き、自らの強さや集団の圧倒的力や正当性を認識し合う悦びはイジメそのもの。 本来なら人の在り方を諭すべき「道徳」の時間に、この教師は集団イジメの機会を作っていた。
時折「道徳」の時間に配られるプリントには、アンケートのような一問一答式の質問があった。 今思えば本当に大問題になるような、とんでもない内容。

「○○○さんの嫌いなところは?」
「○○○さんと同じ班になったら仲良くできますか?」
「○○○さん以外に嫌いな人を5人書いてください」


こんなアンケートを集計した教師が、「嫌われ者の1位を発表します」と生徒の前で誰かを槍玉にあげ、その後は延々と「嫌われ者」についての論議が繰り広げられた。 端の机から順当に発言権が回ってくるので、槍玉にあげられた生徒以外は全員、強制的に「嫌いな理由」等を言わされた。

この「道徳」の時間に教師から「部落民」と言われた生徒は、その意味さえ分からぬクラスメイトに「部落」という言葉で攻撃され、「不潔」と罵られた生徒は卒業するその日まで「不潔」のレッテルを貼られ続けた。 特別指導学級に通う生徒たちへの執拗な攻撃さえ、引き金はこの女教師だった。


当然、この女教師にも裁かれる時が来る。

とある女生徒と教師の間で交わされていた交換日記を保護者が見た所、ようやくこの教師の問題行動が露呈し、保護者の間で大問題となった。 発端となった交換日記に書かれていたのは、それを発見した保護者のゴシップ。 両親の離婚問題で悩んでいた女生徒に対して、教師が保護者(母親)を侮辱するような内容を書いていたという。
その一件を皮切りに女教師の不祥事が方々で露呈し、保護者たちによる念入りな調査で、「道徳」の時間に配られたアンケート用紙や、教室に貼られた「嫌われ者ランキング」のプリントが発掘された。
ついには副担任による個別面談まで実施され、女教師の問題行動は生徒の口からも表面化するようになった。

問題の女教師は産休を取り、そのまま離任した。 この教師に気に入られていた一部の生徒は別れを惜しみ、教師の自宅まで遊びに行ったりしていたようだが、少なくとも自分は清々していた。 あんな非常識な大人を教壇に立たせるべきでないと信じていたから。


驚いた事に、こんな教師は自分の周りだけでなく、各地にも存在していた模様。 教師の不祥事が度々報道される昨今、ニュース記事から色々なブログに訪問すると、「昔はこんな教師がいた」と、まるでこの女教師の言動をなぞったような教師像が綴られている。

大切な子供を学校へ委ねると同時に、大人が必ずしも優秀な指導者ではない事、それを見抜く判断力・道徳観、これらを養っておかなければならない。 って、自分には子供もいないんだけども。

プロフィール

azumi

Author:azumi
基本的にアウトドアが好きだけれども、最近は忙しくて外に出る機会が減っている。楽しい事や美味しい物には貪欲で、時間も金も惜しまず費やす。何かを作り出すのが好き。
茶色い胡麻豆腐に醤油をかけて食べたい。

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